新たな胃との共生

10月8日 外科外来に行く

今日はM先生の診察日です。栄養の指標であるアルブミン値は2.7を示していました。先日3日の糖尿病内科の診察日では2.5でしたからこの間0.2上がったことに なます。毎日の食事でたんぱく質を90g程度を目標に摂取していますが、その効果が表れているようです。何よりもうれしいことは、病院に入院しなくても家でも十分対応できる ことを実証できたことです。また予約してもらっていた膠原病内科にも立ち寄りました。先生はヘモグロビンの値が落ちているのは栄養不足の原因であろうとの診断でした。 白血病などの重篤な事態ではないのでほっとしました。このところ毎日100g,鶏のレバーを食べているせいか、ヘモグロビンの値も8台に改善していました。広い病院内を車椅子では なく自力で歩くことが出来、これもうれしいことでした。M先生の順調に回復しているとの診断をあとに、明るい気分で病院から帰ることができました。この分だと、来月下旬には湯治に行ける 可能性が出てきました。



10月7日 台所から外へ

今日から道路に出て歩く練習をします。手始めに家の近くの団地を一周するコースを歩いてみました。このコースは元気な時良く使っていた約1.2キロ、1800歩のコースです。 連続して歩くと足が疲れてくるし、また息切れがして胸が苦しくなるので100歩前後で立ち止まり休みながらゆっくり歩きました。中程にある傾斜40度くらいある坂道が100メートル 程続くのですが、最後は20歩ほどしかすすみませんでした。 それでも何とか一周できました。家で立ち仕事のリハビリをやっていたせいか、立ち止まって休むことが出来るのは大きな成果です。でも、1日他に何もできないくらい疲れたので もう少し短い距離で練習する必要がありそうです。でも記念すべき1日になりました。


9月30日 当面の小さな夢

それはかなわない夢かもしれませんが、5月に下見に行った鳥取県にある日本でも一、二を争うラドン温泉である三朝温泉に湯治に行くことです。何故温泉に湯治に行くのか よくその動機にについては定かでありませんが、富山の高岡に住んでいた学生時代からの友人I君の影響かもしれません。彼は5年前くらいに腎盂頸癌にかかり、医者の勧める腎臓の摘出手術を断り、東北や長野の温泉に通って療養したのですが、 残念ながら昨年の秋に亡くなりました。 彼が、温泉に行けと誘ってくれてるような気がしています。私は、彼のように意志が強くなく、大きな手術をうけたのですが、いつしか温泉に湯治に行きたいと思うように なました。

湯治に行くといっても、3週間くらいの期間を一人で生活することになります。このホテルには湯治プランもあり、比較的ヘルシーな食事を提供してくれるのですが、蛋白質を補給しなければなず、しかも糖尿病予備軍の人ですからことは簡単ではありません。やはり自炊を選択することになります。かって10年間単身赴任の経験はあるものの、最近はすっかり台所からはなれている ので忘れている料理の勉強をする必要があります。入院生活の後半はパソコンでそればかり見ていましたが、毎日、立ち仕事をすることで少しでもリハビリにならないかとおもつて 早速実行に移しているところです。


9月28日 無事に家に帰ってきました

病院ではMr先生をじめ諸先生方に大変お世話になりました。また大勢の看護師の皆様、大変お世話になりました。有り難う御座いました。いろいろ問題はあるにせよ、 取り敢えず退院できたことは大変よろばしいことです。問題は、再度入院しないように努力ることです。早速、帰りにスーパーマーケットに立ち寄り、たんぱく質が取れる食材を買って帰りました。


9月25日 28日に退院が決まりました

直接入院の原因となった浮腫の方は、体重も64キロ台までおちてきており回復しているのですが、問題のALbの数値は20日近くの入院にもかかわらず、わずか0.5の改善 しかならず、普通の人の半分しかありません。胃のみならず、膵臓も全摘出しており、消化機能がうまくいっていなくって回復に時間がかかるのかもしれません。また造血作用 つかさどるHGBの数字が低下しており血液内科の診察の必要があるかもしれません。いずれにしても、問題はあるものの、再度の入院も覚悟しながら、いったん退院することにしました。


9月21日 浮腫が大分とれてきました

今朝体重を測ると69.8キロに落ちていました。入院当初最高77キロでしたから、実質7キロ細くなった勘定です。この分だと連休明けの火曜日当たりには、浮腫がとれて退院の運びになるかもしれません。 しかし、問題は何故低栄養を表現しているアルブミンの値が必要な半分しかなく、病院で毎日高栄養の点滴をしてもらっているにも関わらず、最初の一週間では顕著な改善がみられていないということにあります。 肝臓に何か障害があるのか、または他に重篤な病気があるのか究明しないと、退院してもまたぶり返すことになります。ここは思案のしどころです。


9月12日 早速効果が出てきました

今日は入院して4日目になりますが、エルネオパという高栄養剤の点滴と利尿剤の投入で、最高体重が77キロあったものが今朝は73.5キロまで落ちてきており、確実に良くなっていることが肌で感じることができます。 それと、一番感じるのは、この点滴をはじめてから何か意欲がでてきて、このブログの更新も出来るようになったことです。また毎晩下剤を飲んでいても全く便意がなく、3日に一度は浣腸でしのいでいたのが 入院して便がでるようになつたことです。栄養が改善し、体に自然と力がわいてきて、それが精神面に及ぶことを実感しています。このまま、順調によくなってほしいものです。


9月10日 ついに、また入院することになりました

今日、外科の診察日ですので娘に車椅子に乗せてもらって受診しましたら、M先生は良く頑張られましたが、これ以上自宅療養は無理なので入院を勧められ、即刻入院することになりました。 病室に行く道すがら、何人もの顔なじみの看護師さんが懐かしそうに声をかけていただき、とても恐縮しました。退院したら、お礼のはがきを書こうとと心に決めていましたが、それもかなわず今日にいたっていることを 恥じ入るばかりです。またMR先生にお世話をかけることになりました。


9月2日 苦闘の日々続く

体重が10Kg増えています。正常に回復したのならいいのですが、栄養不足から尿として排出されず、両足を中心に水膨れ状態。手や顔にも影響が表れています。このため、ただでさえ歩くのに困難なのに 自由に体が動きません。M先生からは余計に足に負担がかかるから、歩行訓練は控えたほうが良いと言われており、運動も出来ません。利尿剤は増やしていただいておるのですが、何しろ通常の人の 半分程度の栄養状態ですから、思うように排出されません。食事の方は少しずつとれるようにうになっていますが、それでも1000Kcal程度です。段々と気力がおちてきて、したいとおもっていることが出来なくなってきました。


8月22日 試行錯誤の上で

この沈黙の日々、退院後2日間はお腹を休めるために、完全な流動食にしました。その後は病院ではあまりでなかった汁ものを多用して食事をしてきました。その結果は食後3時間はお腹が圧迫されて 苦しい日が゛続きました。夜は胃液が逆流してもどしそうになり寝つけません。10日間は苦しい日が続きました。最近それが嘘のように劇的に改善しました。食事の際、汁ものを控え、固形物主体で食事する ことに切り替えたために、辛さが改善しました。ただし、固形物の量は250g以下にし、食べすぎないようにています。汁ものは食べやすい反面、お腹いっぱいになりやすい結果、思った以上水分が胃から送り出される のに時間がかかるようです。夜の胃液の逆流防止は、布団の頭元を上げ傾斜をつけることで、解決しました。

一昨日外科の診察日になっていたので、行ってきました。外来の担当医は今回の手術の総責任者のM先生です。先生は手術の指揮以外にも何度も病室に来られ励ましていただいたので、とても感謝して いす。今回は処方されている薬の整理と新たに栄養剤を処方していただきました。手足の腫れも栄養不足かららしく、これからは、血糖値の管理もありますが、毎日1500kcalを目標に食事をしていきます。


8月12日 これからの課題

●今回の手術で、膵臓の全摘出ばかりでなく、胃も半分切除し、小腸を胃につないで新しい胃として代用しているのですが、まだ送り出す力が弱くともすれば食べたものが胃に滞留し、お腹が とても苦しくなってしまいます。病院では個々の患者ごとに対応することに限界がありますが、家ではその日の調子によって食事のとり方が変えられるので臨機応変に対応する必要があります。 かといって、流動食ばかりでは新しい胃の鍛錬にはならないので、適度のバランスが必要なはずです。

●入院する前は確か72Kgくらいあつた体重が現在64Kgまで落ちてきているので私の適正体重を計算してみると、何んと64.3Kgという数値が出てきました。今がまさに適正体重ではありませんか。 しかし、もともと骨格が大きく、最高105Kgあった体重ですから、まさに隔世の感があります。確かに理論的にはそうかもしれませんが、あばら骨が見え貧弱な体を見るにつけ、もう少し体重が必要と 思えてなりません。しかし、今は病院帰りで運動もしていまんので、この話は、一時棚上げにしておきます。

●次に、生きていく上での必要なエネルギー(基礎代謝)を計算してみますと、1333Kcalと算出されました。これまで病院では点滴を終えて、食事になってから、ずっと1000Kcal前後しかお腹が苦しくて 食べれませんでした。運動は考慮外としても、早くこの1333Kcal以上のエネギーを取得しないと体がやせ細ることになます。

●膵臓の全摘出は更に話を複雑にします。血糖値を適正に管理しないと重い糖尿病になり生きていくことはできません。医師からは血糖値を150から200の範囲に管理することを言われておりますが、退院し、 高カロリーなものを食べたとたん、血糖値が400近く上がりびつくりしました。取得するカロリーを増やしながら、血糖値を適正な範囲におさめていくというむつかしい課題をこなしていかなければなりません。 現在、医師からの指示は,即効性のインスリンを食事ごとに、2単位、遅効性のインスリンを夕食時3単位、打つように言われておりますが、400から現在150前後に下がっている血糖値の過程を観察しますと、この 遅効性のインスリンをうまく活用すれば、徐々にカロリーを増大しながら、うまく血糖値を管理することが出来るのではないかと思えてきました。



脂肪肉腫のようです


8月9日 やっと退院出来ました

長かった入院生活を終え、やっと家に帰ってきました。お腹が苦しいので、2日間は流動食にすることにしました。カロリー不足を考慮して、高カロリーなものを少量食べてお腹の負担を軽減すること にしたんですが、とたん、血糖値が上がり寝る前には400近くなっていました。体力をつけたいという願いと、血糖値をコントロールするということが両立できないものでしょうか?


8月7日 主治医のMR先生のお話

夜8時頃主治医のMR先生が病室に来られ退院に当たって、病理検査の結果等画像を交えて詳しく説明を受けました。病理検査の結果、初期の見立てより脂肪肉腫より、平滑筋肉腫 のウエートが高いとのことでした。肉腫は、膵臓に3ケ所、脾臓、小腸、胃に2ケ所あったそうで、膵臓の全摘もやむをえないことが分かりました。尚、リンパ節への転移はなかったそうです。 今後の要注意点として、腎臓の近くに肉腫らしき陰が認められるが、PET検査では反応がないので、大丈夫とおもうが、今後経過観察が必要とのことでした。また、今日のCT検査でも 昨日の食事が残っており、要注意とのことでした。今後、胃は大きくなることはないが、期間の経過とともに胃から小腸への送る力が増えていくので、海の波のように引いては打ち寄せるように胃を休める 工夫が必要であるとのことでした。このMR先生は立派な先生です。お若いのに腰が低く、患者をお客様のように扱っていただいています。夜遅くまで、休日を問わず働いておられます。これまで、 業界は違いますが、大勢の人をみてきましたが、この先生は必ず将来大きく飛躍されることを信じて疑いません。患者のくせに、生意気なことを言って申し訳ありませんが、この先生に出会えたことは 大変幸運なことでした。


8月7日 9日退院が決まりました

長かった入院生活からようやく解放されることになりました。嬉しさの反面、不安もありますが、今は耐える時です。


8月6日 気持が落ち込んでいました

このところ気分が落ち込んで、無気力、あれほど歩行練習をしていたのにすっかり止めてしまっています。その原因は食事をするのが苦しいのです。することがない病院でただ一つの楽しみは 食事の時間ですが、この時間が苦痛なのです。特に夕食はお腹も疲れてきているので、特にそうです。それに糖尿病内科の指示で朝から血を抜かれます。それでなくても1000カロリーも栄養が とれていないのに。自衛手段として動かないようになりました。この分だとやせ細ります。


8月3日 今朝から糖尿病内科の検査が始まります

朝五時にブドウ糖が入った飲み物を飲まされ、7時まで30分おきに採血がありました。これから8日までいろいろな検査が続き、退院後の食事や運動量に合わせた、インスリンの投入の仕方について指導があります。個人的には、少量で高カロリーなものを食べたいのですが、果たしてそういうことが許されるのか、良く聞き指導を受けたいと思っています。いよいよ、これが順調にいけば、長かった 入院生活も終わり、退院の運びになるものとおもわれます。病室で管理された一定の温度の下で暮らしていると、退院すると最高温度35度の世界がまっています。それ一つとっても、克服しなければ ならない新たな試練が待ち受けています。


7月31日 点滴の針が取れました

今朝、点滴の針を抜いてもらいました。これで自由に動くことができます。早速、歩いてみましたが、思ったよりは歩ける感じですが、やはり腰の筋肉が落ちているせいか、ふらつきがあります。 また、スタミナもないので、1100歩くらいしか歩けませんでした。これから、日々鍛錬をしなければなりません。

一方、食事のほうは、七分粥になっています。ちなみに、今日の昼は、鮭蒸し魚、豆腐おろし蒸、りんごゼリー、七分粥200gでした。指導に従い、半分しか食べていませんが、お腹の 調子は順調だとおもいます。

膵臓がなくなったので、毎日インスリンを打たなくては生きていけない体になってしまいました。これまでは看護師さんにお願いしていましたが、一昨日から看護師さんに指導してもらって 自分でインスリンを打っています。お腹に打つのですが、全然痛くなく助かっています。これから、生きている限りこの作業をしなくてはなりません。


7月30日 食事の再開です

昨日から食事の再開です。三分粥から始まって、今朝は五分粥になってきています。指導に従い、半分ほどは残していますが、昨日の食べた量のカロリーを計算してみると、900カロリー 弱となります。点滴で補っているからいいようなものの、少量、高カロリーの食事をしながら慣らしていく必要があります。お腹の張りは以前より楽になってきているようでなので、助かっています。

運動のほうは、この10日ばかり、毎日合計で3000歩は歩いているのですが、一度に歩ける歩数は1000歩程度です。点滴の支柱棒を引っ張って歩いているつもりですが、実際は支柱棒にすがって 歩いているようなのです。どうも腰の筋肉が落ちていて、腰のふらつきひどいのです。これから、点滴もとれたら本格的な歩行訓練をしなければなりません。


7月27日 来週から食事がとれる

梅雨が終わり入道雲が現れたと思ったら、早くも台風6号がやってきて、窓辺は大粒の雨が降っています。この一週間、食事時にはエンシュア・H250gを飲んで、毎日のようにレントゲンでチェックされていましたが、ようやく、来週の月曜日から食事の開始の運びになりました。しかし、最初は半分程度にするようにとの指導が入っています。点滴で基本的な栄養は補填されていますので、焦らず、ゆっくりと 進んでいきます。


7月23日 鼻の管がとれました

昨晩、鼻から胃に刺さった管をとっていただきました。お蔭で、昨晩は久しぶりにぐっすり眠ることができました。これで、すぐ食事の訓練が始まるのかというと、そうにはならず、 今日の昼食時から栄養剤を飲むことになりました。先日入れた造影剤は大腸に達して流れていたのですが、一部胃に残留していたので、先生は慎重です。8日間の点滴暮らしは 初めてのことで、精神的にまいっていますが、ここまでくると何よりも焦りが禁物です。じっくり構えることにします。


7月21日 胃に造影剤を投入

午前中、胃に造影剤を投入していただきました。明日、レントゲンで胃の流れを確認するためです。うまくいけば、鼻から胃に刺さった管を抜いてもらえるし、何よりも、待ちに待った 食事が開始することができるのです。うまくいくことを願うばかりです。


7月19日 気分の良い朝です

日本海を台風が通過中とあって病院の窓から外を見ると大粒の雨が降っていますが、とても気分の良い朝です。鼻に刺さった管のせいで、一昨日は眠れませんでしたが、慣れた せいか、昨晩は比較的に良く眠ることができました。今日からは胃の流れを良くするために、出来るだけ寝ないで起きていることにします。また、昨日は、2000歩歩いていますが、 さらに努力しして3000歩くらいは歩くことにします。新しい胃を自分のものにするためには、努力を惜しまないつもりです。そして早く食べることができるようにしていきます。


7月17日 胃から小腸への流れが悪い

昨日1日かかりで大腸の方はきれいにして、夕方CT撮ると胃に残留物があり、胃から小腸への流れが悪いことが発見されました。そこで今日、鼻から管を入れ残留物を 出す作業をすることになりました。十二指腸や胃を半分切除し、小腸を引っ張り出しつないでいるので十分考えられることです。これでまた食事の練習ができなくなります。 お腹のほうは全く違和感のない程度に回復してきており、たまに咳込とき意識する程度になっています。


7月14日 昨日は散々の一日

昼食後、調子がよくないので寝ていたら5時頃もどしてしまいました。今後の食生活のむつかしさを暗示するような出来事でした。また全ての点滴針を抜いてもらい 自由の身になったので深夜トイレに行こうと病室を出た廊下で、一瞬気を失ってお尻から倒れこんでいました。気がついたら3人の看護師さんが私を車いすに載せようと しているところでした。血圧が下がったのでしょうか。病室に帰るとまた点滴の開始です。熱もあったのでしょうか、朝気が付いたら氷枕がしてありました。いずれにしても、食事のほうは また一から出直しです。


7月12日 CT検査は異常なし

昨日検査をした術後1週間のCT検査,採血の結果は異常なく順調に回復している旨先生にいわれました。ただ、大腸に便がたまっているので下剤を処方する ことと、CTの写真では昼食後3時間たっても胃に残留物があるので、腹8分目の食事に心がけるように指導されました。運動もしなくては本格的に歩きを開始した結果、 寝る前には万歩計は2000歩超えていました。また食事のほうも夕食はレベル3に進み5分粥になっていました。


7月11日 消化器術後食2に進む

今日の昼食から主食に3分粥がでるレベル2に進みました。これまでの液体状の食事から比べるとやや食事らしくなました。ちなみに、昼食は3分粥200g、メルルーサみそ焼き、 卵豆腐、スープがでました。術後1週間経ったのでCT検査を受けました。


7月10日 一進一退

昨日待望のシャワーを浴びたのは良かったですが、脱衣所で脱力感があり、病床に帰ると急に発熱があり、38度まで上昇する始末、解熱剤の投与、酸素の 投与をうけました。その間、先生には何度も病室に足を運ばせて迷惑をかけてしまいました。今日は気分も良く、朝からパソコンをさわっていると、手が濡れているいる のでよく見ると、30分前に腹にさしてあった管のガーゼをとった傷口から、水があふれ布団がびしゃびしゃに濡れていて大騒ぎになってしまいました。現在はナイロンの袋をぶら下げています。 疲れやすいという症状はあるものの、食欲がでてきたように感じます。


7月8日 快方へ

お腹の痛みが大分軽減したので、動きやすくなってきました。朝髪を洗っていただいたので、髪もさっぼりしました。尿管を抜いてもらったので、あとは首に刺さっている 点滴針だけです。昼食は流動食がでました。かき卵汁150cc,りんごジュース200cc,乳酸菌飲料80ccでしたが、お腹が一杯になりました。明日は待ちに待ったシャワーです。


7月7日 絶不調

昨夜麻酔が終わったせいか朝から無気力、体温も37.5度近くありました。日曜日にもかかわらず担当の先生はお腹に刺さった2本の管を抜いてくざさって順調に回復 しているとのことでしたが、午前中はただひたすら寝ていました。麻酔の点滴をお願いし、午後昨日と同じ歩行訓練はできましたが、恥ずかしながらまだ尿管に管か刺さって います。水は昨日から許可されていますが、あれほど欲しかった水が何故かあまり欲しくありません。明日はレントゲンを撮る予定があるようですが、焦らずゆっくり回復をまちます。


7月6日 意識は回復しました

昨日10時半に集中治療室から病室に帰ってきました。お蔭様で麻酔が効いているせいか患部はあまり痛くはありません。まだ歩けませんが、尿管と 背中に麻酔、首に点滴用の針が刺さっていす。昨日歩行訓練を始めたのですが、少ししか歩けませんでした。手術はうまくいったよですが、 結局膵臓は全部摘出され、胃は半分ほど、胆嚢、十二指腸も摘出された大手術でした。7時間ほどかかりました。 これでもって生まれた臓器とはおさらばですが、さすがに膵臓の全摘は精神的にこたえました。これからどいう生活が待っているのか見当がつきません。 でも肝硬変で2週間でおさらばするのと比較するとまだまだゆとりはありそうです。少しの希望に夢をたくします。


7月3日 まな板の上の鯉

明日は手術室の天井のライトの光を眺めながら意識を失います。

再び、蘇えることを信じて・・・。


7月2日 いよいよ明後日は手術だ

朝起きて歩いた時、腰や足のもものあたりが少し張っているような感じがしました。このところ、毎日3000歩以上歩いていますが、連続して歩く訓練をしている せいだと思われます。足腰の筋肉が少しは鍛えられているようです。

いよいよ明日は外科病棟に移り、午後3時から手術の具体的な説明があります。 手術も朝8時頃から開始されるようです。今日はシャワーを浴び、頭も洗ってもらって手術に備えます。


6月29日 手術まであと5日

昨日は麻酔科の説明を受けた。麻酔の技術は大変進歩しているようであるが、願わくは痛みが最小であってほしい。食事のほうも5分粥であるが、おかずは普通の硬さ のものに変わってきている。2日続けて2000歩歩いているが、今日あたりから3000歩は歩きたい。密かに、闘争心が沸いて来た。


6月27日 手術前一週間

いよいよ来週の木曜日は手術である。点滴も取れたし、これから病院内を歩くことにする。昨日は1000歩歩いたが今日は1500歩を目標としよう。 まだ鼻から胆管に刺さったチューブはそのままであるが、自由度は増してきた。昨日は体をふいてもらい、髪を洗っていただいたので下着も取り換えた。 さっぱりして気持ちがいいです。


6月25日 長期入院態勢の構築

家からPCを取り寄せ、情報発信できる体制を構築しました。ところが病室でのパソコンは禁止されてはいませんが、病院で飛んでいる電波は活用できないといわれ、 一時はインターネットができないので落胆していましたが、いろいろ調べてみるとスマホのWI-FIテザリング機能を活用すればインターネットにつなげることがわかりました。 つくづく便利な世の中になったものだとおもいます。これで病室から情報発信ができ、暇つぶしに良い環境ができました。黄疸も取れ、食事もおかゆがめいんですが、これからは 出来るだけ歩き体力をつけることに専念します。


6月24日 7月4日の手術が決まりました

外科の先生が病室に来られ手術の日程について打ち合わせしました。私は一旦退院して1ケ月位後にと希望していたのですが、また胆管が詰まり緊急入院という ことになると手術の段取りにも影響するし、これ以上肝臓に負担をかけると折角健康な臓器をだめにすることが十分予想されるので、おもいきってこのまま入院を継続し、手術を受けることにしました。そのかわり膵臓の事前検査等手術の前に可能な検査はやっていただくことになりました。尚、今朝から待望の流動食の開始です。 朝の食事は牛乳200cc、野菜ジュース200cc、具の全くない味噌汁150ccでした。それでも美味しくいただきました。食事大好き人間にとって、まる7日間の絶食はさすがにこたえました。


6月22日 管の挿入のやりかえ

なかなか数値が改善しないので、レントゲンでチェックしたら、管がずれていたようで、再度管の入れ替えていただきました。また振り出しです。 もう一週間点滴ばかりでずっと絶食です。いつになったら食事にありつけるやら・・。テレビを見ると食事の場面や料理の場面がよくでますが絶食が続くと見るのが 嫌になります。また、病院の食事案内のアナウンスや隣から食事の匂いも酷なものです。


6月17日 また入院しました

早朝発熱があり、k大学病院に緊急入院しました。この度は鼻から直接チュウブを胆管まで入れて胆汁を出す治療方法なので点滴の管と2通りあるので 体の自由がなかなかききません


6月15日 無事に退院できました

今回は胆管の管の取り換えはありませんでしたが、4日間は絶食で点滴をうけていました。これからは手術前に入院することがないよう食事に気を付け、少しでも お腹が痛くなつたら即刻病院で血液検査を受けるようにしようと思った次第です。


6月12日 手術の事前検査

血液検査、尿の検査,心電図、肺活量の検査、胸のレントゲン等の検査をうけました。それと膵臓の働きをチェックするために24日から1週間の予定で 入院することになりました。


6月11日 外科の診察

手術の概要につき詳細に説明をしていただきました。切除範囲は、胃、十二指腸、膵臓、胆嚢、手術の時間は6時間から8時間、一日目は集中治療室、 入院期間は2週間から1ヶ月、手術の危険性、手術後の後遺症等々懇切丁寧な説明を受け、正式に手術をお願いしました。手術は早くて1か月以降後のことに なりそうですが、それまで事前検査を行うことになりました。


6月8日 また緊急入院です

夕食前に少し寒気がするので体温を測ってみると72.2度あり、少し間をおいて測ってみると72.5度に上昇、その後もみるみる体温が上がるので病院に連絡し 入院の準備をして家を出ました。家を出る時の体温は39.2度ありましたが、病院に着くと38.4度に下がっていました。予想どおり胆管が炎症をおこしており 即刻入院することになりました。こうたびたびこの症状が現れるのは、十二指腸と膵臓にできている悪性腫瘍が胆管の流れを圧迫しているからであり、ここに至って 手術を決心しました。膵臓がんの場合、発見され手術が出来る人は2割程度であり、しかも手術をしても完治はなかなかむつかしいといわれていますが、私の場合は、 手術がうまくいけば完治が期待できるので、もうすこし生きて孫の成長をみてやりたいと思うようになりました。


5月31日 国立がん研究センターに行ってきました

診察の直前になつて予約していた骨軟部腫瘍科の先生から肝胆膵外科の先生に診察が変わりました。おそらく推察ですが腹部の重要な機能にかかわる事案 であり、外科手術が肉腫の治療の王道であるからだとおもわれます。当然のようにk大学病院で手術をするように勧められました。またこの先生も抗癌剤は効かない といわれました。手術すれば5年生存率も相当大きな確率で良くなるので外科医としては当然な診察ですが、77歳の高齢で手術を受ける身になると複雑な心境 です。放置すると胆管がつまり、やがて食事もとれなくなるとも言われました。手術を回避する方法はないかと、国立がん研究センターまで来たのに全くその方策はなく、 絶望感で涙が出そうになりました。

東京から大阪に帰る新幹線の中でいろいろ考えましたが、やはり手術を避ける気持ちに少し甘えがあるのではないかとおもいました。13時間かけて大阪と東京を 往復出来、しかも一日1万歩も歩くことの出来る体力がまだあるのにと。


5月27日 国立がん研究センターの初診の予約がとれました

希少がんセンターに電話し、31日午後、初診の予約をいただきました。


5月24日 国立がん研究センターへの紹介状をもらう

K大学病院で紹介状を書いていただいて、今後も緊急時のフオローをお願いしました。担当医も快く快諾していたたき、6月21日に予約を設定していただき がんセンターでの治療について報告をいれることになりました。

昨晩娘が国立がんセンターの HPを見ていて、私の症状がGIST(消化官間質腫瘍)に該当するのではないかというので私も確認しましたが、そう思えてきました。脂肪肉腫というには 胃に発生しているので何だかなじめないなと疑問をもっていましたが、国立がん研究センターにいけばそのこともはっきりすることが期待されます。尚担当医に確認させていただいた 結果、腫瘍のサイズは十二指腸から膵臓にかけてと胃腸もいずれも3㎝程度であり、悪性度は胃腸のほうが強いということでした。


GIST(消化管間質腫瘍)について

GIST(ジスト:Gastrointestinal Stromal Tumor)は、胃や腸の消化管壁の粘膜下にある未熟な間葉系細胞に由来する「肉腫」の一種とされ、 いわゆる「がん」とは異なります。消化管粘膜下にできる腫瘍はGISTだけとは限らず、良性の平滑筋腫、神経鞘腫や悪性の平滑筋肉腫などもあります。GISTの 発症率は年間に10万人に対して1人から2人くらいとされ、まれな腫瘍です。発症には男女差がなく、胃に最も多く見られ、序で小腸、その他の消化管になります。 殆どの年齢層に見られますが、中高年に好発(60歳代でピーク)します。(国立がん研究センター)


5月17日 K大学病院の診察

病理検査の結果脂肪肉腫であるとのことでした。(小さい確率で平滑筋肉腫の可能性もある)腫瘍が胃に2か所、十二指腸から膵臓にかけて1か所あることが確定 しました。引き続き腫瘍内科、外科との検討会を実施し、次回24日に診察日とする旨決まりました。また膵臓、十二指腸,胃の切除が治療の最善の方法であると告げられました。

いずれにしても大変稀な病気であるので、専門の先生の意見を聞く必要があると考えるので東京の国立がん研究センターの希少がんセンターに診療または セカンンドオピニオンを受ける準備をします。


肉腫とは

肉腫(サルコーマ)は、全身の骨や軟部組織(脂肪、筋肉、神経など)から発生する悪性腫瘍の総称です。日本語では肉腫、英語ではSarcoma(サルコーマ)と 呼ばれます。肉腫の腫瘍としての特徴は、その希少性(まれなこと)と多様性(多種多様なこと)にあります。胃がんや肺がんなどの上皮性悪性腫瘍(より狭い意味で 「がん」と呼ばれます)に比べて肉腫の発生頻度は極めて低く、悪性腫瘍全体に占める肉腫の割合は約1%に過ぎません。このようにまれな腫瘍であるにも 関わらず、肉腫は若年者から高齢者まで幅広い年齢層の患者さんの全身のさまざまな部位・組織から生じるため、その症状や必要とされる治療、治療効果もさまざま です。このような特徴から、専門施設でない場合、しばしばその診断や治療に難渋し適切な治療を行うことが困難なことも少なくありません。(国立がん研究センター)


このような経過ですので広い意味では膵臓癌に違いがないのですが、このブログのタイトルを脂肪肉腫に変更させていただきより正確を期したいと考えます。


膵臓癌のようです


5月10日ミニ湯治から帰ってきました

連休明けにラドン温泉で有名な鳥取の三朝温泉に3泊4日の短い湯治に行って来ました。泥縄ではありますが、少しでも免疫力を強化できたらとの思いからです。 この17日の診察で明確になると思われますが、K病院で検討されている手術については、私は受けたくありません。77歳という年齢からしても残りの人生は限られたものです。 このまま静かに人生を全うしたいと考えています。しかし、病気を克服、共生という言葉がふさわしいかもしれませんが、人生の終わりを迎えるまで可能な限り 努力していくつもりです。今考えていることは、癌細胞は熱に弱く42.5度で死滅するということですので温熱療法にひかれています。それと何よりも重要な ことは、免疫力をつけることです。そのためには7割の免疫力は大腸でつくられるといわれていますので腸内環境を改善する事だと考え、乳酸菌生成エキスを手配し 飲んでいますが、着実に効果が出てきました。また私の場合体質からか昔から軽度の貧血がありヘモグロピンの能力も足りないのでこの改善が急務と考えていますので 血液内科を受診しようと考えています。10日間の、毎日1時間ほど体温を39度以上保つ荒行は、癌細胞を弱らせるために試みたのですが、逆に熱の耐性を強化した かもしれません。 しかし体調は良くなりました。毎日の入浴も新陳代謝を活発にし、汗がしっかりでるように41度で15分は湯舟に浸かるようにしています。 合計19日間の入院の影響で腰のふらつきはあるものの他は全く健康そのもの自覚症状は全くありません。畑で日光浴をしながら、良く笑い、ストレスを感じない生活を 維持したいものだと考えています


4月22日K病院に緊急入院

午後4時過ぎ急な発熱があり、K病院で診察をお願いすると、胆管に入れた管が詰ったとのことで、また入院し管を取り換えることになました。2ケ月すると管がつまることがある とはP病院で聞かされていましたが、1ヶ月も早く詰まったので何故かなとおもっています。 4月11日から4月20日までの10日間、朝と夜の2回入浴し、合計1時間、体温を39度に保つ荒行が悪かったのか、畑で2日続けて7000歩くことに相当する 仕事をしたのが悪かったのか、いずれにしても無理はきかないようです。

4月28日に退院したのですが、この間4月24日癌の広がりをみる、PET検査、4月27日前回同様の胆膵内視鏡検査をうけました。10日間の大型連休がある ので次回の診察は5月17日となりました。


4月19日膵臓癌確定の診断

典型的な膵臓癌ではないが肉腫という稀な腫瘍で肝臓にまでは転移していないようですが胃に肉腫がみつかりました。この肉腫は抗癌剤が効かないタイプで外科手術が可能かどうか検討する必要があるとのことでした。 既にP病院で膵臓癌が疑われることを聞かされていたので、驚きはありませんが、これで人生の幕引きが近いことが確定したので、これから1日1日をどう生きるか、また困難な戦いにはなるが 癌とどうすれば共生できるかいう大きな課題を背負うことになりました。


K大学病院での検査

4月5日CT検査

4月9日一泊入院での胆膵内視鏡検査(超音波内視鏡)

4月15日肝臓のMRI検査


3月18日 P病院に緊急入院

3月15日、16日と38度を超える高熱があり、近くの行きつけの病院に行き診察をしていただき風邪薬を頂いたのですが、薬を飲むと背中が痒くなり、飲むのは中止したのですが 17日の日曜日になると尿の色が赤くなり、これは単なる風邪ではないので血液検査が出来るP病院に早朝行き、診察をうけました。午前中血液検査、CT、MRI等の検査 をしていただいた結果、胆管がつまり肝臓に逆流しているため肝臓がぱんぱんにはれ即刻入院ということになりました。3月20日に胆管に管をいれる手術をした結果肝臓の ほうは回復したので3月27日退院という運びになりました。p病院の先生はこれまでの検査では確定できないが、胆管を詰まらせている原因があるはずで、膵臓癌が疑われる ので、K大学病院にいくように紹介状を書いていただきました。


闘病記を新たに設けました

病気の話は健康な人には無縁であり、むしろ不愉快なことであるので関心がある人に参考にしていただくために新たに闘病記として独立させました。 体力が続く限りブログとして記録していきす。何かの参考になれば幸いです。


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